中国・黄土の斜面で「甘草」栽培

時間:2012-10-09

黄土色の山々の斜面につくった畑が、ピラミッドのように重なる。中国・西安から北へ600キロ、車で7時間の距離にある陝西省綏徳(ソイトー)。標高1200メートル、人口600人余りの小さな農村の山道には、荷台を引いたラバが行き交う。聞こえてくるのは小鳥のさえずりとヤギの鳴き声くらいだ。

畑には、ひざの下ぐらいの高さで、焦げ茶色の葉をつけた植物がひょろひょろと生えている。漢方薬の原料の一つ「甘草(かんぞう)」だ。根の部分に炎症を抑える成分があるとされ、日本で出回る漢方薬の約7割に含まれている。

 

穴の深さは背丈を超える。急斜面で収穫時に機械が使えないのが悩みだ
photo : Tsuru Etsushi

記者(都留)が訪れたのは4月中旬。「収穫期は秋ですが、2年物の甘草を試掘してみましょう」。農地を管理する西安妙香圓薬業有限公司の社長、王暁琪(54)が案内してくれた。

車がやっと通れるぐらいの山道を歩く。10分も歩くと暑くて汗が噴き出る。社長とともに同行してくれた農家の女性は「昨日までは震えるほど寒かった。一気に夏が来たみたい」。日焼け顔から白い歯がこぼれる。

急なところでは傾斜が50度もある。転げ落ちないように踏ん張ると、乾燥した黄土がボロボロと崩れる。写真を撮ろうとカメラを構えたら、足を取られ、数メートル滑り落ちた。それでも甘草の根元にクワを入れ、慎重に掘っていくと、2メートルほどの根っこが顔を出した。長いゴボウのようだ。

 

 

この畑は、妙香圓薬業と日本の漢方専門商社・栃本天海堂が共同で運営する。栃本は日中国交正常化の前から中国と取引する老舗(しにせ)だ。11年前に綏徳の北30キロにある子洲(ツーチョウ)で甘草栽培を始め、2年前に綏徳にも広げた。

 

小寺浩之氏撮影

日本は甘草を始め、漢方薬原料となる生薬のうち約8割を中国からの輸入に頼る。中国にとっても日本は最大の輸出相手だ。

王によると「中国で流通する医薬用の甘草は人工栽培物が9割で、野生物は1割」。

 

だが、栽培物は、日本の薬事法に基づき医薬品の規格を定めた「日本薬局方」の基準を満たさないものが大半だった。野生物に比べて有効成分が少なかったり、品種が違ったりするためだ。

 

そこで栃本は日本に輸出できる栽培品をめざし、現地企業と協力しながら試行錯誤を続けてきた。

 

子洲の畑の甘草は、日本薬局方の基準を満たし、一部は日本にも輸入しているという。だが、栽培に年数がかかり手作業が多いのでコストが高い。大規模化で効率を上げるのが課題になっている。

 

日本企業が栽培を急ぐ背景には、中国政府の動きがある。甘草の自生地は中国北西部の乾燥地域に多い。

 

中国政府は、乱獲が土地の砂漠化につながったとして、2000年ごろから収穫と商取引を制限。外資系企業は、野生甘草を農民から直接買うことが認められず、輸出枠もこの10年で約半分になった。

 

栃本の取締役、姜東孝は「当局の対応次第では調達が難しくなる可能性もある」と心配する。

 

日本の漢方薬市場の8割強を握る最大手ツムラも、4月18日に、日本の基準を満たす甘草の大規模栽培に成功したと発表。野生品からの切り替えを進めるという。

 

共同開発した北京中医薬大学教授の王文全は「ツムラは研究開発に何年もかけ、莫大なお金を投じてきた」と話すが、栽培技術は中国企業にも無償で開放する方針で、生薬を握る中国への配慮もにじむ。

 

生薬への需要は中国内でも急増している。中国医薬保健品進出口商会副会長の劉張林によると、「生活の質に関心を払う富裕層が増え、政府が中医薬産業の発展を奨励していることが健康食品も含めて需要増を促している」というのだ。

 

北京から列車と車で約3時間。安国(アンクオ)にある中国最大級の生薬市場には、全国から草木や鉱物、動物の骨など多様な品目が集まる。

 

約800キロ離れた瀋陽から毎月買い付けに来るという製薬会社の男性は「中国には質の低い生薬も多いが、ここのは最高だよ」と太鼓判を押した。ただ、需要増に押され、昨年は生薬537種のうち約8割が値上がり。うち3割は50%以上の急騰だった。

 

農村での人手不足も不安材料の一つだ。若者が都市に流れ、高齢化が進行。医薬品商社の中国医薬保健品有限公司の許秀海は「生薬は安いというイメージは崩れた。中国の製薬会社も、調達難にそなえて在庫を増やしている」という。中国内では投機的な買い占めも報じられ、太子参(たいしじん)は1年間で約10倍、キキョウや桃仁(とうにん)も3~5倍に跳ね上がった。

 

生薬の争奪を「レアアース」になぞらえる指摘もある。日本の漢方関連企業は、「中国側との協力体制があり、在庫も十分確保している」として、その見方には否定的だ。

だが、中国政府が漢方、中国でいう「中医学」に戦略的な役割を与えようとしているのは確かだ。

 

(都留悦史、小林哲)

 

 

(文中敬称略)

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